プチクリvol.26 特集「演劇の新しいリアルを求めて〜現代口語演劇とその先にあるもの」
今、若者の話し言葉をリアルに再現した舞台が増えています。そういった現代の演劇界での言文一致のさきがけとなったのが、青年団を率いる平田オリザの"現代口語演劇"。青年団では平田の他にも若い演出家が活動し、また青年団リンクという名前で若い提携劇団が存在して、さまざまなスタイルでリアルな表現を生み出し注目を集めています。なぜ青年団にはそうした注目の若手が集まるのか、また彼らに共通する演劇的特徴は何なのかを、探ってみます。
ちょこっとクリティック「演劇から教育へーコミュニケーションをデザインする」
三省堂は水道橋のたもとにある。今号の編集長と私は神田のカレー屋さんで待ち合わせをすることにした。それは、以前のプチクリ24号の特集「神保町・古本とカレー」の延長でもある。「まんてん」というカレー屋さんに12時過ぎに集合。多くの人が並んでいる。カウンターだけの店を覗くと驚くことに全てのお客さんが男性だった。この店は女人禁制なのか? メニューのいちばん上に書かれているもっともポピュラーと思えるカツカレーを注文する(600円)。使い古されたカレー皿にぎゅっぎゅっとご飯が押し込まれる。そこに目の前でどんどんと揚げられているカツをサクッサクッと切ってその上からひき肉カレーなのか?をサーッとかけてくれる。並盛りでギリギリの量である。これ以上は食べられません。カレー自体は小麦粉とカレー粉で作ったオーソドックスなもの。辛味が足りない人のためにカウンターには唐辛子の粉がボトルに入れられている。また醤油とソースのビンが置かれ、福神漬けがバケツのようなものに入っている。全てが大胆である。この量と大胆さで女性客を敢えて遠ざけているというのが、ここ「まんてん」の特徴ではないかと思った。
喫茶店で満腹になったメタボな胃袋をいたわりつつ、本日お会いする石戸谷さんのことについて話し合う。彼は三省堂の編集者で、もともと国語の教科書の編集をされていたそうである。石戸谷さんはその後、書籍編集部の方に異動になり、その部署で今年4月に発行された「ニッポンには対話がない」という対談本を編集された。平田オリザさんと元外交官でありフィンランドの教材作家である北川達夫さんとの対談をまとめたものである。たまたまプチクリの編集部内では、私がその本を購入して読んでいたので、編集長から石戸谷さんにお話を伺うのに同行することになった。
三省堂の受付から石戸谷さんに連絡をする。三階に上がってきてくださいとのこと。エレベーターで三階に上がると、現れたのは、ク・ナウカの宮城聡さんだった!と思ったら、その方が石戸谷さんだった。石戸谷さんは、黒いシャツにブラックジーンズで髪の毛を後ろに束ねておりヒゲが少し。眼光鋭く。この人はただものじゃないという風格を湛えた方だった。三階にある談話室でお話を伺う。まずは、平田オリザさんとの出会いについてお伺いする。石戸谷さんは最初に、講談社現代新書の「演劇入門」を読まれたそうである。平田さんは、演劇の世界だけの人ではなく日本語に対して知力見識のある人ということを感じていらっしゃったようである。そこには、現代の国語教育に足りないものが何かあるのではないかと感じていらっしゃった。当時、石戸谷さんは国語の教科書の編集をされていた。何か新しい教材としてのヒントがないだろうか?と考え続けていた時期だった。その時、三省堂の国語教科書はなかなかシェアが取れず、どうしたらいいのだろうか?という試行錯誤の時期だった。そんな時期に石戸谷さんは平田さんに巡り合った。それまでの国語の教科書で「話す・聴く」をテーマにしたものに関しては、パブリックな場での表現教育に主眼が置かれていた。それは例えば、スピーチであったりディベートであったりというもの。ここにさらに、セミ・パブリックの場で語られる言葉が必要だと思った。平田さんの言葉で「対話」と言われているもの。大きな声でまっすぐに相手のことを見詰めながら語る、ということではない言語表現の部分が今までの国語の教科書には欠落していると感じていた。この「対話」ということを採用することで、表現教育、コミュニケーション教育の枠組みを捉えなおす機会が拡がってくれればいいなと思った。
石戸谷さんが「演劇入門」を読んだのは、1998年の10月のことだった。その後、石戸谷さんは平田さんが主宰するワークショップに潜入した。潜入したというとスパイのようであるが、平田さんの考え方などを、石戸谷さんなりに身体を通じて理解されたかったんだろうなあと感じた。それ以降の平田さんの舞台はほぼ全てご覧になっているそうである。石戸谷さん自身は、劇をそんなにたくさん見る方ではないとおっしゃりながらも、元々、学生時代に「第三舞台」や「テント芝居」を観ていたそうである。教科書の中で表現教育をする部分がある。しかし、「第三舞台」や「テント芝居」は表現の時間の参考とするにはかなり難しいものがあると感じていた。そんなときに「青年団」の舞台に出会った。当時の言葉でいう、平田さんの「静かな演劇」は、理論面からも物理的肉体的な側面からも、学校現場でも取り入れることが可能な部分が多いと思ったそうである。
編集委員で滋賀大学の牧戸章先生の後押しもあり、平田さんの「対話」についてのテキストが教科書に掲載されることが決まった。その教科書は中学二年生向けの国語教科書である。そこには「対話劇」と題された「戯曲」も同時に掲載された。実際に「対話劇を体験しよう」と教科書に書かれてある。現場の教師たちは賛否両論だった。面白い!と受け入れて、対話劇を実践する先生もいれば、対話についてのテキストだけを読んで、実際の対話劇の実践を飛ばしてしまう先生も多くいたそうである。そしてこの教科書が発売されて三省堂はシェアを伸ばした! 何と100万部という部数が発行されたそうである。
異動で書籍編集部にうつられた石戸谷さんは、今度は大人向けに「コミュニケーションデザイン」の本を出したいと思った。「コミュニケーションデザイン」とは一言で言うのは難しいが、様々な人たちと上手く建設的かつ友好的にコミュニケーションしていくための方法や環境の作り方の方法を言う。「対話」からさらに一歩進んだ概念である。ビジネス書でもなく教育書でもない「コミュニケーションデザイン」のことを語ったものを出したいと思い、平田さんに随分と前から執筆をお願いしていた。しかし、時だけが過ぎていき、なかなか実現の機会が訪れなかった。そうこうしているうちに、平田さんは桜美林大学から大阪大学に異動する。まさしく「コミュニケーションデザイン」という分野を新しく切り開くために。平田さんはそこでさらに進化を遂げた。特に阪大の看護学校で教えることから演劇以上のものを得ることになった。ホスピスなどでの看護の現場での患者と看護士のコミュニケーションを通じて演劇中心のものから、さらに一般的なものへと進んでいっているように思えた。石戸谷さんは、平田さんにお願いするのと同時に北川さんにもコミュニケーションに関するものを書いていただけませんか? というオファーを行っていた。北川さんはフィンランドの教育に詳しい方である。OECDが行っている15歳の子供たちを対象にしたPISAと呼ばれる学習到達度の調査結果が定期的に発表されるようになった。2000年2003年とフィンランドは読解力の結果が1位だった。その頃からフィンランドの教育には何か秘密があるのではないか?とマスコミなどが騒ぎ始めた。北川さんはフィンランド教育を語る第一人者だった。あるとき石戸谷さんは北川さんに言った。
「対談をしませんか?それを本にしましょう」と。その時、北川さんの口から、対談するのは平田さんがいいという言葉が出た。タイミングよく平田さん&北川さんの意識が合致した。二冊別々の本を出そうと思っていた石戸谷さんは一冊の対談本を出すことになった。それが「ニッポンには対話がないー学びとコミュニケーションの再生」(@三省堂)と題された本である。
今後の目標について、石戸谷さんに伺った。平田さんと一緒に検定外かも知れないが、新しい教科書のようなものを作って見たいとおっしゃっていた。そこには石戸谷さんの言葉に対する、また、表現することに対する強い思いがあることを感じた。10年に一度の文部科学省の指導要領改訂を待ってから動き出すのではあまりにも時間がかかりすぎる。だから検定外でも構わないので何とか世の中に出したいという気持ちの表れである。最後に平田オリザさんのことについて聞いてみた。「石戸谷さんが、平田さんを一言で語ると?」少し考えてから、「平田オリザさんは、多面的な方である」とおっしゃった。言い換えると、「アーティストであり策士である人」ともおっしゃった。
そうか! アートとマネジメントの両方が出来る人なんだな! 平田さんは!
それこそ、僕の考える現在のアーティストのひとつのカタチであるな! と思った。宮崎駿しかり、川久保玲しかり。その絶妙なバランスの中から現在の状況を変えうるメジャーなものが生まれてくると信じている。平田さんのそれは、演劇であり国語教育でありコミュニケーションの仕方だったりするのだろう。

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